ブログを開設してはや一年半…。気づけば1つも記事を投稿ぜずに過ごしてしまった。YouTubeで何やら必要なものを見ながら入れて、仕事が忙しくて途切れ途切れになった結果、どこまで進めたか忘れてしまってもうそこから動けなくなり。
だめだダメだと思いながら気が付けば1年半。とりあえず、投稿だけしてみようと思う。
テーマは特にない。編集技術もない。ただ、思うままに書き進めるのみである。今回は何を書こうか。
今日も今日とて、取り止めのない1日だった。農家である私は、朝は6時前に起きて朝飯前の仕事を1時間ほどする。主に牛の世話だ。牧草を与え、糞を片付け、敷材を散らす。ある程度牧草を食べ終えた頃に配合飼料と呼ばれる、高栄養の餌を与える。配合飼料は嗜好性が高く、牧草と配合飼料を同時に与えると、まず間違いなく配合飼料のみを優先して食べる。
しかし牛は草食動物である。もちろん太らせるとなると話は別だが、繁殖用の牛として健康に過ごすためには牧草が必須だ。牧草の栄養もそうだが、草特有の繊維質がさまざまな体調を整える上で必須なのだ。仔牛にしても、体高(人でいう身長)を伸ばすためには牧草や藁は必須だ。栄養価が高く、嗜好性の良い配合飼料を多く与えると確かに体重は増えるが、中身としては脂肪が多くなる。また、大食いによる消化不良の下痢や胃のphも変わるため体調を崩しやすくなる。下痢をしないにしても、ぱっと見ガタイがいいようで、人間で言うチビデブになりかねない。
仔牛は元牛とも言われ、繁殖農家から肥育農家に売られていくわけだが、肥育農家だって健康な仔牛が欲しいものだ。そんな中で「体重が乗っていればいい!」と思い込む繁殖農家が配合飼料を多く与えても、結果として体重はあるが中身はデブの不健康牛になりかねないのだ。
話が大きくずれた。要は餌を与える順番はとても大切、と言うことだ。
そんな感じで朝の仕事を終え、朝食を食べる。私がファスティングをし始めたので食べていないが。この時間に今日の作業の打ち合わせをする。
とはいえ、前日に1日雨が降ったため畑や田んぼに入れない。主にしたい作業ができないため、今日は牛舎の清掃をした。少し前に親牛を一部、山に放牧したため空いたスペースを綺麗にし、消毒のため消石灰をふる。これは牛が少なくなったタイミングでしかできないので、だいたいこの時期に一度はやる仕事だ。もちろん放牧していない親牛や、そもそも仔牛は放牧しないため結構な頭数が牛舎にいるが、場所を変え何日かに渡り牛舎全体を消毒する。ただし天気が良い日は基本的に畑や田の作業が入るため、今日のような日がうってつけだ。
そうこうしていると、朝に頼んだ獣医さんがやってきた。親牛の不妊治療のためだ。繁殖業と言うのは、詰まるとこを親牛に種をつけ、仔牛を出産してもらい、育て、販売する仕事である。当然牛も生き物なので、体調も崩すし生理周期だって乱れる。今回頼んだ理由は生理周期が滞っており、いつまで経っても種をつけることができなかった牛がいたからだ。獣医さんに診断してもらい、ホルモン剤を投与することになった。これで様子を見て、種をつけるタイミング(私たちの地域では「発情」と呼ぶ)が来るのを待つ。もし来なければ、改めて別の処置を行う運びとなった。
今ではすっかり当たり前のように行なっているが、ふと考える時がある。もしこれが人間だったら、と。この思考はどうしようもないものではある。事実割り切って、もはや慣れと化してしまっている。しかし、それでもふと思ってしまうのだ。
今回処置された牛は、この先何回かは種をつけるだろう。もしそれで種がつかなかったら?
牛は、私たちにとって経済動物である。つまり、処分される。
種を買うのにだってお金がかかるし、つけるのにだって技術者に頼むため依頼料がかかる。孕まない期間が長ければ長いほど、餌代がかかる。治療費もかかる。それが現実である。
表現としてなんとなく悲しい言い方をしたが、処分といっても我々人間からすれば牛肉に変わると言うことである。A〜Cと1〜5のランクに分けられ、市場に流通する。農家も販売代金を得る。もちろん病変したり事故死した牛は牛肉として流通することはない。それぞれ専用の処理施設が別にあるのだ。
そんなこんなで獣医さんは別の農場へ向かい、私は夕方の牛の世話をし、今日も1日が終わる。なんの変哲もない、変わり映えのない1日である。